観光案内書にないウィーン

▲▲ハイリゲンクロイツァーホーフ(Heiligenkreuzerhof:Wien 1, Schoenlaterngasse 5― Grashofgasse 3)
ウィーンのみならずヨーロッパの人たちは、とりわけ都市部ではほとんどが集合住宅に住んでいる。つまり彼らのWohnung(住まい)はアパート、マンションということ。カタカナのロの字やコの字の形をしたHausの真ん中は中庭(Hof)になっていて、ゴミ収集のユーティリティーとして使われていたり、また樹木が生い茂り小鳥たちがさえずっていたりする。ウィーン名物の黒歌鳥もやってくるのだ。Hofは原則として部外者は立ち入り禁止の内密な世界。しかし、例外的に公開されているところもある。ウィーン市内ではハイリゲンクロイツァーホーフが数少ない例。
 
こうした通り抜けができる家屋はドイツ語でDurchhausと呼ばれる。ハイリゲンクロイツは〈聖なる十字架〉の意味。もともとここは、ウィーン南郊にあるハイリゲンクロイツ修道院の所領地で、修道院長の居宅と礼拝堂があったとされる。ウィーンの森に抱かれたこの〈名刹〉は、ロマネスク、ゴシック様式の混在する見事な建築群で、近くにある皇太子ルドルフ情死の場所となったマイアーリングの狩猟館とともに、一見の価値あり。ここにはキリスト磔刑の十字架の一部が聖遺物として奉納されているといわれているので、それに由来する〈ハイリゲンクロイツ〉は実にありがたい名前ということになる。シュテファン寺院からも歩いてすぐ近く、石造りの建物が林立する旧市街にまるで林間空地のようにぽっかり空いた別世界。ここに来れば、身近に〈中庭〉が体験できるのだ。
▲▲ハイリゲンクロイツァーホーフ(Heiligenkreuzerhof:Wien 1, Schoenlaterngasse 5― Grashofgasse 3)
この物静かな空間に立つと、中庭に面してたたずむ、聖人ベルンハルトに捧げられた礼拝堂と、そしてその右隣の、嘗ては大修道院長の住まいとなっていた建物を後ろにひかえたバロック風の正面ゲートが目に留まる。かつて詩人ホーフマンスタールが「鉄格子細工と石でできたモーツァルト」と讃えた鉄の扉が、この威風堂々のポータルから失われてすでに久しい、と聞く。それでも、門柱の上で戯れるプットー(童子)たちが往時を偲ばせる。ちなみに、ベルンハルト礼拝堂は、今日ウィーンで結婚式を挙げたい教会のナンバーワンのひとつだそうである。
Q:ところで、ウィーンで挙式したいナンバーワンの教会のなかでも、トップはどこか?――正解は、ブルク礼拝堂(Burgkapelle)。毎週日曜日にウィーン少年合唱団が〈天使の歌声〉を聴かせてくれるあ・そ・こ!
▲▲ヴェアートハイムシュタイン公園(Wertheimsteinpark:Wien 19, Doeblinger Hauptstrasse 96)
ウィーンの森近く、市内屈指の高級住宅地を控える19区の入り口近くに位置する。昔風に言えば、〈郊外〉に属するこの地区も今では都心から地下鉄であっという間の距離。U4のハイリゲンシュタット駅から少し都心寄り。
 
この地の歴史は古く、12世紀にまでさかのぼるという。現在の公園の形ができあがったのは19世紀になってから。ハプスブルク家の貴族に連なるヴェアートハイムシュタイン公が邸内を整備し、公の瀟洒な邸宅(Villa)はウィーンでも有数のサロンのひとつとしてにぎわった。事実、文人ザールカイムの記念碑が庭園内に見られ、サロン華やかなりし古き良きウィーンが偲ばれる。園内に点在する樹木が青々とした芝生の上に居心地の良さそうな緑陰を落としていて訪れる者の目を慰めてくれる。いつも人影まばらなことも魅力的。ベートーヴェンの《田園》の散歩道はここからはすぐ近く。ベートーヴェンの足取りとホイリゲを目指しての気ままな散策には好都合な出発地点。昔、最寄りのトラムの停留所そばにあった肉屋で買い求めたハム・パン(Brot mit Schinken)を園内の芝生の上でほおばったのは〈美味な〉思い出。
▲▲ヴェアートハイムシュタイン公園(Wertheimsteinpark:Wien 19, Doeblinger Hauptstrasse 96)
▲▲ヒュッテルドルフ(Huetteldorf und seine Umgebung)
ウィーン14区の西端に位置するヒュッテルドルフ地区は、都心からは隔たった辺鄙なところといった感があるけれど、それだけウィーンの森の無垢な自然が残されている。このあたりの目玉はなんといってもウィーン幻想派の画家エルンスト・フックスの旧邸宅。巨匠オットー・ワーグナー設計によるアール・ヌーヴォーの建築はまるでメルヒェンのような佇まいだ(今日では公開されている)。
  *都心からはトラムの49番を利用、終点で降りる。乗り換えの労をいとわなければ、地下鉄のU3でHuetteldorferstrasseまで行き、49番のトラムをつかまえることも可。
 
フックス邸自体はたしかにガイド・ブックに記されていても、近辺の森の佇まいについては言及がない。大都市ウィーンの縁飾りをなす樹林の、春から夏にかけての緑陰や、秋の黄葉のすばらしさは一見の価値あり。晴れた昼下がりにでも、かさばる観光案内書は鞄にしまって散策したい。高層の集合住宅はなく、別荘風の家屋がほとんど。序でに足を伸ばして、ワーグナーの代表作であるシュタインホーフの礼拝堂クリムトの生家も見て回れば、ウィーン・ユーゲントシュティールを巡るとっておきのテーマ旅行となろう。ほかにも、若き日の哲学者ヴィットゲンシュタインがこの地の修道院に住んでいたというし、シッシーこと皇妃エリーザベトの孫のエリーザベトが晩年を過ごした旧宅もあり、興味つきないエリアである。
▲▲ヒュッテルドルフ(Huetteldorf und seine Umgebung)

マーティのようこそDの国へ ドイツ語辞書・参考書 もっとドイツ語を 日独交流史 ドイツ的デザインを眺める 観光案内書にないウィーン オーストリアから チューリヒ便り
Servus考 後記

Last updated: 2015/1/1