オーストリアから

ザルツブルク・ミラベル庭園
ザルツブルク・ミラベル庭園
 
ザルツブルクといえば、真っ先に連想されるのがミラベル庭園ミラベル宮殿に付随する庭園である。この地を訪れた旅行者なら一度は立ち寄るところ。また、映画《サウンド・オブ・ミュージック》でロケがおこなわれている。ミラベルは、どちらかといえばフランス式庭園で、木立のあいだからホーエンザルツブルク城を見晴るかしながら、そぞろ歩くのは至福の時である。
 
園内に入る前に、まず入り口で鉄格子の素晴らしい門扉が私たちを出迎えてくれる。20年以上前にここを訪ねていって、ようやくこの扉と対面することができた。上の写真はそのとき撮影したもの。
 
私とミラベル庭園との出会いは、中学生時代のLP愛聴盤の一枚、モーツァルトの管弦楽曲を集めたLPレコードである。往年の名指揮者ブルーノ・ワルターがコロンビア交響楽団を振ったモーツァルト・メドレーのディスクで、《フィガロ》《魔笛》等オペラの序曲や《セレナーデ=アイネ・クライネ・ナハトムジーク》、それに《フリーメーソンのための葬送音楽》といった本来なら割と珍しいものまで入っていた(私には珍しくなかったというわけである)。このレコードには、《ミラベルの庭園にて》という心憎いタイトルが付いていて、ジャケットの写真には白黒ながらまさしくミラベル宮殿を左に、遠くにホーエンザルツブルク城を望む庭園が広がっていたのである。
 
そのジャケットの裏面に庭園についての解説があり、四大を表すギリシャ神話のモティーフによる石像が点在して、といった説明に続いて、この鉄格子の門扉に触れられていたことが私の頭の中に刻み込まれている。引用は正確ではないけれど、「鉄格子の優美な模様が世紀の夢を夢見ている……」といった具合に書かれていた。モーツァルトの音楽もさることながら、この鉄格子の扉云々の文章も子供心に大きな夢を与えたことは間違いない。
 
このレコード、残念なことに手元にはもう存在しない(時代はLPからCDへとすっかり変わってしまったこともあり、その後なんどか引っ越しをしたこともあり……)。納められているワルターの演奏はそのまま、タイトルも同じでCD盤になっていて、今でも聴けるけれど、中学生のときに篤い思いで聴いたあのディスクではない。宇野功芳氏の『名指揮者ワルターの名盤駄盤』(講談社+α文庫)の口絵写真に取り上げられているので、往時を偲ぶことができる。この写真は、まことに懐かしい過去との出会いの一枚である。
 
 
ニーダーエスターライヒ州・クロスターノイブルク
ニーダーエスターライヒ州・クロスターノイブルク
 
ウィーンの北の郊外にKlosterneuburgという小さな街がある。Klosterとは「修道院」、Neuburgは「新しくできた街」の意味で、つまり、修道院を中心にできた門前町。オーストリアを代表する名刹についての解説はガイドブックに譲るとして、一つだけ付け加えておきたいのは、音楽家アントン・ブルックナーがこの地を訪れるのが好きで、たびたび出かけていたということ。ウィーンからブルックナーが訪ねてくると、修道院側も賓客としてもてなしていたらしい。
 
交響曲作家である前にまず名うてのオルガニストであったブルックナーは、日曜日にはよくここの礼拝堂で執り行われるミサに連なってオルゲルを弾いたという。クロスターノイブルクの町並みやブルックナーの横顔を、フーゴー・ヴォルフブラームスとの交友を回想しながら、フリードリッヒ・エクシュタインが滋味あふれる文章で綴っている。エクシュタインは、諸学に通じた、ウィーンのダ・ヴィンチともいうべき奇才ではあったが、本業は工場経営者であった。
 
街中を散策していると、上の写真に見るような、一軒の趣のある邸宅が目にとまる。〈マルティンの城館(Martins Schloss)〉と呼ばれるこの瀟洒な建物に、映画《菩提樹》や《サウンド・オブ・ミュージック》でお馴染みのトラップ大佐が一時期住んでいた。一家がザルツブルクに定住する前のことである。因みに、同家の四女マルティーナ(大佐がマリアと再婚する前にできた娘)の名前はこの城館の名前からとられているという。ファンには必見のスポットといえよう。撮影した当時はホテルになっていた。正門からは広々とした庭が見渡せ、こんなところで一泊するのもまた愉しからんと思ったことだけど、今日ではどうなっているのかしら。クロスターノイブルクまで、ブルックナーはウィーンからハイリゲンシュタットを通って馬車で行ったとエクシュタインが伝えているが、今日ではウィーン北駅(フランツ・ヨーゼフ駅)から電車であっという間に着いてしまう。ちょっとした遠足気分だ。街はドナウ河畔にあるので、なんなら船でクルーズする手もある。

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Last updated: 2014/1/1